淀川河川公園と私
河川公園の気持ちよさを初めて知って。

 実は37年も大阪に住んでいながら、子供ができて初めて河川公園に足を運んだ。それまでは、電車から見下ろして「あー、バーベキューをやっている。楽しそうだな。」「今日は川の水位が随分低いな。水不足は大丈夫だろうか。」「きのうの雨で今日は川の流れが少し速いな。」などと、遠目に淀川を見ていた。しかし実際に公園に来てみると、電車から見ているのとは全然違う。堤防は人工的なコンクリートだけど、水面を流れる風やその上に広がる空は自然そのものだ。野鳥の鳴き声まで聞こえてくる。今までわざわざ遠くのキャンプ場まで出かけていたのに、こんなに身近に自然を体感できるなんて、もっと早く知るべきだった…と、少し口惜しい気持ちになった。

 私にとって“川”と言えば、生まれ育った高槻の芥川が一番身近だった。弟と一緒にズボンの裾をまくって膝上まで川に浸かり、岸辺近くの雑草の茂みに手を突っ込んでガサガサ漁をよくやった。面白いほど手づかみで魚が捕れたのも、つい昨日のことのように蘇ってくる。私の記憶にない3才頃、前日の雨で増水した芥川に流され、近くを通りかかった学生さん(多分大学生)が川に飛び込んで助けてくれた話は、耳にタコができるほど父から聞かされている。幼児たちだけでもけっこう川で遊んでいたというから少し驚きだが、それほど川が生活に密着していたのだろう。

 さらに62才になる私の父の子供時代に遡ると、喉が渇けば川の水を手ですくって飲み、夕食のおかず用にしじみやざりがにを取って帰ったという。今から思えば、まさに楽園そのもの。人は自然によって生かされていたのだ。その時代は、今のように安くて便利な物がないことが道具を大切に使うことにつながり、必然的に河原に置き去りにされるゴミも少なくて済んだのだろう。手で川の水をすくって飲みたくなる川にはペットボトルや空き缶は似合わない。

 いろいろな使い捨て容器が現れはじめて、河原に限らずどれだけポイ捨てゴミが増えたことか。製品を生産するメーカーの責任は本当に大きいと思う。せめてクリーンキャンペーンを自主的にやってほしい。美しい自然の中に一つでもゴミがあると、その景色は台無しになってしまうのだから。

 8月に1才になった息子はアレルギーに苦しんでいる。からだのいたるところが痒いのだ。お風呂のシャワーにも脱塩素の浄水器を取り付けている。そんなことで“水”の重要性を真剣に考えるようになった。水質汚染による環境ホルモン問題。これから未来を担ってゆく子供たちに過去のツケがまわるのはあまりに理不尽だ。淀川の水も随分ときれいになってきているそうだが、私たちの生活そのものをもっと見直していかないと、まだまだ子供たちに大きなツケを残してしまう。

 高槻・大塚の河川公園にはゴミが落ちていない。そんな当たり前のことに驚かされながら、大人として、親として、子供たちに美しい日本を残していきたいと改めて感じた。

西田 修
筆者と一人息子の弦人くん

ナンバー22 西田 修
にしだ おさむ。
昭和39年大阪府高槻市生れ。結婚後の現在も高槻市在住。
芸大卒業後、印刷会社で企画の仕事に就き、現在はアートディレクター。主に企業の広告やカタログの制作を手がける。

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