淀川河川公園と私
淀川ありがとう。淀川は子育ての場所。

 淀川を撮り続けて約30年、それが写真家細川和昭のキャッチフレーズでした。“淀川に撮影に行くけど、子ども達連れて一緒に行くか?”それが私達家族の淀川との始まりでした。娘二人は小学生と幼稚園児です。(現在は31歳と28歳)それまではせいぜい大阪城へ自転車で出掛けるくらいでした。淀川で、はたして遊べるやろかと気掛かりでしたが、親の心配をよそに、バッタを追いかけて走り回ったり、かと思うとじっと座り込んで野花をつんだり、もう遊びに夢中です。遊び疲れると大好きなお弁当です。青い空、緑のジュウタンの上では、おにぎりとお茶だけでもとても豪華な食事です。

 淀川公園での四季を通してのイベントを回想します。<自然教室(現在は自然を楽しむ会)>海の水と川の水が入り込むところでの生命。がまの穂を使っての工作、すすきでのふくろう。親と子が本当に遊びながら学べる楽しい一日でした。<ウィンターフェスティバル>冬の寒い寒い日に雪の山でのすべり台、大勢の子ども達が雪の山で楽しんでいます。都会の子ども達には、こんな大きな雪山は初めてです。<たこあげ大会>教えてもらって自分で凧を作り、ちぢこまった手に息を吹きかけながらやったたこあげ、凧の会の人たちによる大だこや、連だこに子ども達は大よろこび。この様にして一年を通じて何度淀川公園に通ったことでしょう。ある時など偶然にも自然教室に子どものクラスメートが参加していたこともありました。

 どこの家庭でも同じ事のようですが家族で行動を共にするのは小学生まで。暑いからいや・寒いからいや・友達と遊ぶ方がいいから行かない…と。ここ数年は淀川の公園ともご無沙汰でした。

 去年の春、久しぶりに主人と二人で三川合流の背割り堤の桜を観に行きました。昔のままで私達を迎えてくれました。そういえばきれいな玉虫を見つけたのはこの辺だったなあと当時の情景がよみがえります。でもこれが私達の最後の淀川行きになりました。主人が私達家族にしてくれた様に、主人亡きあと、今度は私が孫達を連れて淀川公園に行こうと思っております。私にとって、いろんな事を教えてくれ、楽しく遊べて勉強できる淀川は、絶好の子育ての場所、そして憩いを与えてくれるところです。

 お父さんありがとう。

 そして淀川ありがとう。

 これからもよろしく―。

細川千鶴子
25年位前の筆者と子供達

ナンバー19 細川千鶴子
ほそかわ ちずこ。
昭和20年長崎県生れ。出版社勤務後、細川和昭と結婚。
昭和50年、細川和昭写真事務所設立。以後27年間経理担当(14年6月26日和昭永眠の為閉鎖)。娘2人、孫2人。

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