―第1巻―

親子3人「淀川源流」旅日記
〜桂川その7〜
オオルリ
オオルリ
澄んだ空気と緑におおわれた清流の里、京北町。

 京北町は丹波高原の中にあり、総面積の93%が森林です。行けども行けども視界には緑が入ってくる、これぞ大自然の里という雰囲気。町のほぼ中央には上桂川が流れており、町の西端で、これまで私たちが目指してきた桂川の源流に辿り着きました。

栗尾峠からの京北町
栗尾峠からの京北町
 周山街道を北上し、いざ京北町へ。477号線と交差するあたりにウッディー京北【A】がある。ここは木の情報を集結した展示館。触れる・遊べる・休める・学べる・買える空間であり、子供連れでも気軽に楽しめる。さすが北山杉の里、館の中央には高さ7m・太さ5.1mの巨大なやぐら杉がデンと構えていた。販売コーナーには木工品の他、焼き物や手織物など、地元で活躍する作家たちの逸品が所狭しと並べられている。夫は自分の作品づくりのために木片を物色。質の高い杉の輪切りを見つけ「これは安い!」と興奮していた。

山国地区の村落 山国神社
車を5分ほど走らせると、右手の奥に山国神社【B】がある。社伝によると平安時代に創建されたという。その日はたまたま地元の男性がたくさん集まっていた。お祭りのたいまつ用にまきを割るそうだ。おじさんがまき木の間で見つけたナミマイマイ(カタツムリ)を娘に差し出す。初めて実物を見た娘は「つのだせ〜」とひと言。神社の裏側には桂川が。アユ釣り人が照りつける陽ざしの中、我慢強く自分の気配を消し釣り糸をたれる。土手には星形の小花をつけるカノコソウが生え、対岸の樹上ではオオルリとウグイスが互いのテリトリーを主張しあっていた。ウグイスの方はシングルだが、オオルリはつがい。目にも鮮やかな藍色をまとった雄、地味な褐色をした雌のコントラストが印象深い。神社に隣接した公園の池には、フナやコイに混ざってヤマメが。清らかな自然と歴史・文化がしっくりと馴染んでいて、心から憩える場であった。
 そこから、しばらく行くと橋が架かる。その下を流れる緩やかな川面は水遊びやガサガサ漁、バーベキューを楽しむ人々で賑わっていた。ヤンマのヤゴやハゼ科の魚でいっぱいになったバケツを楽しそうにのぞき込む子供達。大阪近郊ではなかなかお目にかかれない憧憬だ。
上桂川と上桂川の鮎釣りの様子

常照皇寺と春日神社
 その様子を横目に、次なる取材地、常照皇寺【C】へ。森を背に建つ天皇の菩提禅寺である。京都の町中にある華やかな寺と違って、侘び寂びのつまった山寺という感じ。土産物屋さんがあるわけでもなく、本当に静かな所だ。そのかわり鳥や虫の声が聞こえる、耳寄りな音の風景が広がっている。石の階段を上っていくと、寺の入口横でチョロチョロと水が湧き出ていた。その水たまりをよく見ると、百匹ぐらいのイモリがいるではないか。動いているのは湧き水だけ。イモリは静止状態。まるで水墨画の世界である。ちなみに、この寺は樹齢630年の九重桜でも有名。天然記念物に指定されている見事な枝垂れ桜である。この寺から少し車を走らせると、春日神社の横に百年桜【D】もある。この桜は樹齢300年あまりの幻の珍種。ヤマザクラの突然変異で、八重の中に一重が混じる花を咲かせるそうだ。

広河原尾花町の源流地区
広河原尾花町の源流地区
 477号線を進み京北町のはずれまで行くと、桂川という看板ではなく、弓削川という名前に変わっていた。このあたりはいくつもの細流や沢が入り交じる。かろうじて本流をたどるが、もはやここまで。うっそうとした森を縫うような沢を見て、私たちの独断ではあるが、このあたりを桂川源流【E】として旅を締め括った。帰り道、栗尾峠で眼下に広がる周山地区を一望すると、これまでに取材してきた桂川の表情が、走馬燈のように脳裏に浮かんでは消え、浮かんでは消える。川という字のごとく、親子3人で始めた桂川紀行。これにて、完結。


*取材/7月20日(祝)
*小村家・プロフィール/父の一也はプランナー兼イラストレーター。母の郁慧はコピーライター。そして一人娘の東洋。親子3人、仲良く見聞しています。

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