淀川歴史散歩

―第11回―

柴島浄水場とその周辺

■柴島(くにじま)浄水場
 明治の初めまで大阪の庶民の生活用水は、淀川の水を汲んで一荷いくらと売り歩いていた「水屋」や井戸水によって賄(まかな)われていました。明治18年の大洪水、翌年のコレラ大流行、明治23年の「新町焼け(西区)」の大火で水道を望む声が高まり、明治28年(1895)に日本で4番目の水源地(浄水場)が桜の宮にできました(大正4年廃止)。その後人口増加で給水能力不足になったため明治41年〜大正3年(1914)の6年をかけて東洋一の柴島浄水場(43万m3)を建設。さらに続く人口増加で昭和32年・43年に庭窪(にわくぼ)・豊野両浄水場(守口・寝屋川市)がつくられ、現在は3つの浄水場から一日243万m3の水(明治の約4倍)を約260万人に供給しています。
阪急千里線柴島駅・京都線南方駅・地下鉄御堂筋線西中島南方駅徒歩15分。

■水道記念館
 長柄橋北詰め市バス停から淀川下流に向けて10分程歩くと、右手に柴島浄水場の正門と赤煉瓦作りのクラシックな階段つきの水道記念館があります。同館は明治の建築家宗兵蔵(そうへいぞう)の設計で、大正3年(1914)に送水ポンプ場として建てられ、平成7年(1995)に市民に親しまれる「水のミュージアム」として生まれ変わったものです。館内は大きく2つに分かれ、自然と生物たちの右ゾーンと、水道の歴史の左ゾーン、回廊、図書コーナーなど計36のコーナーと飼育研究棟(110種・3500個体飼育研究)で構成。天然記念物のアユモドキやビワコオオナマズなど琵琶湖淀川水系の淡水魚78種1700尾がパノラマ水槽などで観察できます。水は淀川の水をそのまま利用、説明も魚の採取者が行っています。
入館無料・月休館 TEL06-6324-3191〜2


水道記念館内部の淡水魚コーナー

有形文化財の国の指定を受けた水道記念館
■柴島神社
 阪急電車千里線「柴島駅」から左手の浄水場に沿って北へ10分程歩くと、右手の柴島三丁目に柴島神社があります。貞永(じょうえい)元年(1232)9月27日に創建で祭神は八幡大神・天照皇大神・春日大神。社伝では、人皇(じんこう)(神武天皇以後の天皇のこと)87代四条天皇の御宇(ぎょう)(君子が天下を治めている期間)、近国一円が1カ月余りの大雨で大洪水になり、他より3mばかり高地だったこの地に村人たちは避難しました。そこへ柴に乗った小社が流れ着き、その中に前記の三神が祭られていて、その夜人々の夢枕に三神が現れ、この里を守護すると言われこれを祭った謂(いわ)れがあります。柴島(くにじま)地名の起こりは「柴の字を国と読む」「古く難波八十島の一つで茎(くき)島が訛(なま)った」「昔は柴薪にするクヌギが多い島で訛った」など古代のロマンを感じさせる諸説があります。


柴島神社

記:滝本明





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